01
はぁああ!!
くっ……ぐぁっ!?

02
くそっ!! やられてたまるかっ!
遅いっ!!

雪月の晩。 そぼ降る雨は静かに、容赦なく体温を奪う。

03
はぁ……はぁ……
はぁ……次だ……


ルシウスは傭兵として放浪を続けながら日銭を稼ぎ、
己を試すように各地で剣を振り続けていた――

04
(ティナ…… 俺は……お前と同じ未来を……
 歩むことができるのだろうか……?)


故郷を滅ぼされ、最愛の母を奪われた意趣を晴らさんと、
妹のティナと2人、深い憎しみの中に生きてきたルシウス。
ついに憎き仇と相見えることとなり、死闘の末、
永きにわたる復讐劇に終止符を打ったのだった。

05
ゴフッ……我々は…… 既に憎しみの連鎖で繋がれている……
もう……後戻りはでき……ない……
ゲフッ……いつかまた地獄で会おうぞ。


復讐を誓った兄妹の意趣返しの旅は仇の死を持って終わりを告げ、
新たな人生を歩み始めたかの様に見えた2人。
しかし――

06
憎しみと悲しみに突き動かされ、
光無き道をただひたすらに突き進んできたルシウスは――
生きていく事そのものの原動力を失ってしまった、
という喪失感を持て余すようになっていく。
一方で、妹のティナは、目的を失った中でも、
新たな目標を掲げ必死にあがこうとしていた。

07
ところで……
ルシウスとティナは、これからどうするんだ?

そうだな……とりあえず、
母親の墓参りをするついでにこのまま旅を続けようと思っている。

あれから……兄さんとも話し合ったんですけど……
08
この先、私たちの様な兄妹が生まれない世の中を作るために何かしようって……
今は……漠然とそんな感じ。

よかったよかった! 前向きでいーじゃん!
そういうのってさ!


それからティナは、新たに掲げた目標に向かってひたむきな努力を続けている。
ルシウスは、そんな妹の姿を見て眩しくも思う反面、
それは極めて難しいことだと冷静な心で悟っていた。

09
不幸な人間が生まれない世の中など存在しない。
できる事なら、不幸や悲痛な出来事からティナを遠ざけ――
復讐を遂げるまでに奪った大勢の命に対する重責や過去の悲しみ、
憎しみ全てを己の身一つで背負うことで……
ティナを解放してやりたい……
そんな兄の自己犠牲の精神が頑なな心を創り上げていく。
ルシウスはティナには使命などに囚われることなく、
明るい未来を歩んで欲しいと願ってしまうのだった。

10
なぁなぁ! ルシウスもこっちこいよ!
全部ルリアに食われちまうぜ!

ビィさん!? もう、ひとりで全部たべませんよ!
とっても美味しいですけど……

11
うふふ。 やっぱりまだ兄さんは一人が落ち着くみたい。
でも、ちゃんとこの場にいるからそれなりに楽しんでくれてると
思うんだけど……でしょ兄さん?
フン……分かっているなら、わざわざ聞くんじゃあない。
ふふっ、照れちゃって!


依頼を終えた束の間の休息に騎空艇では宴が開かれ、
ティナがみんなに手料理を振る舞っている。

12
へへっ! 
ってことはちゃんとルシウスも楽しんでるってことだな!

まぁ……そういう事だ。
ふふふ……! よかった。
ところでティナさん。 これ、もっとおかわりありますか?

13
うん。 沢山あるよ! 張り切って作っちゃったから!
ははっ! なんだよ、ルリア! 
やっぱ一人で食っちまうつもりか?

えぇ!? 違いますよ! 
冷凍マグロのお皿がもう空っぽだから貰ってこようかと思ったんです!

>ルリアが食べていいよ
14
はぅぅ……冷凍マグロまで!
ほんとに冷凍マグロにあげようと思ったんですよ……!

ふっ…… 好きなだけ食えばいいだろう。
あうー……
ルシウスさんにまで笑われちゃいました……

…………

団員たちのやり取りにどこか安らぎを覚えるルシウス。
しかしまたどこかで居心地の悪さは拭えないままであった。

15
( 冷凍マグロ達との出会いはティナにいい影響を与えている……)
(少し前に……ティナが目標を失った俺に発破を掛けようと
 冷凍マグロ達に頼ったことがあったが……)
(……ティナは常に、俺や誰かのために何かしようと考えている……)
(その兄がいつまでも煮え切らぬ姿を見せるわけにはいくまい……)
(ここらが潮時だろう……)

16
冷凍マグロ、ちょっといいか。 話しておきたいことがある。

皆が宴で盛り上がっている最中、
ルシウスは冷凍マグロを呼び出しその胸の内を打ち明けるのだった――

17
ん? おい、ルシウス、話ってなんだ?
兄さん、どうしたの? みんなを呼び出して……

ルシウスはその夜、話しがあるとティナ、ビィ、ルリアを呼び出した。

18
集まってもらって感謝する。
時間を取らせて悪いが、手短に話させてもらおう。
単刀直入に言うが、俺はこの騎空団を抜ける。

…………
え? えっと…… それはどうしてですか?
すまん。 しかし、そう決めた。
19
そんな……!  騎空団を抜けて、どうするの?
どこへ行くつもりなの?

それは――
そんなの……
そんなの納得できるわけないよ!

ティナ……
20
どうしていつもそうやって一人で勝手に決めちゃうの?
すまんじゃわからないよ!
兄さん、言ったじゃない!
これからも二人三脚で生きていこうって……!
ねぇ……だったらその約束はどうなるの? 答えてよ、兄さん!!

>落ち着いて。まずは話を聞こう
21
っ!? 落ち着いてなんていられない!
だって……約束したもの!
一緒に頑張ろうなって言ったもの!

そのために、だ。
……え?
22
俺は……ティナ、お前のいう
“俺達の様な兄妹が生まれない世界”を目指す為に何ができるのかわからない。
俺には……
憎しみの為だけに振るって来た剣、それしかないからな。

そんなこと……
23
ティナ、俺はそんな物騒な剣でお前と共にその目標を掲げることはできん。
誰かの為にと考えるお前と同じ方向を向いて生きていくために、
俺には心の整理をつける必要がある。
だから、ティナ。 俺に時間をくれ。

24
兄さん……
いつになるかはわからん……
だが俺は、必ずティナの元に戻る。  約束を違えるつもりはない。

うーん……ルシウス本気みてぇだな……
ちゃんと2人の為に考えてるみてぇだし認めてやったらどうだ? ティナ。

…………
25
トカゲ、俺は元より赦しを得るつもりで話していたわけではない。
これは決定事項だからな。

なっ……! まったく……
兄さんってば、本当に自分勝手で……!
ふん……! ほんと大馬鹿者だよ……!

ティナ……
26
もぉ!  兄さんなんか好きなだけ一人で生きていけばいいよ!
でも……その代わり、ちゃんと答えを見つけて帰ってくること!
ふん! 出来なくて途中で帰ってきたっておかえりなんて
言ってあげないんだからね!

27
ふっ…… あぁ、肝に銘じておこう。
へへっ! なんだかんだ言ったって兄妹だぜ!
お互いわかりあってるもんだな。

冷凍マグロ。 今まで世話になったな。 ティナを……頼む。
>早く帰らないと……どうなるかな?
28
なっ! 俺を脅すのか? 
宴の席で任せろと言っていたのは嘘か?
……フン、冗談……なんだろう?

ははっ! 狼狽えすぎだろ、ルシウス!
当たり前だ! 冗談はよせ。
29
ふふ。 ティナさんを悲しませた罰です!
これくらい我慢してもらわないと!


かくして、ルシウスは最愛の妹を残して、一人、放浪の旅へ出た。

30
兄さん…… いってらっしゃい……

遠くなっていく兄の背中を見つめ続けるティナ。
冷凍マグロは、ティナの隣で、
遠くなっていくルシウスの背中を見えなくなるまで見送るのだった。

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