01
リュミエール聖騎士団、聖講堂──
神聖にして厳粛な空気満ちる聖講堂に、凜とした声が響き渡る。

02
ふむ、部隊長殿より下されし密命を読み上げる。心して聞かれよ。
しかし近頃、リュミエール聖騎士団を軽々に退団する者が多い。
とりわけ、団長の不在は誠に由々しき事態である。
嗚呼、斯くは誉れ高き栄光の聖騎士団の規律を乱し、
偉大なる聖王猊下の歴史と御名を汚さん!
うむ、汝、裏切り者を探し出し、即時、正義審問を執行されたし!

03
ハッ、我が身と剣は尊き御心に、全ては正義の為に……
(ハーヴィン種特有の、戦いに圧倒的に不向きな体躯をものともせず、
 種族差を覆すほどの剣技とカリスマ……)
(誰もが認めるリュミエール聖騎士団歴代最強の長、
 シャルロッテ・フェニヤ……)
(私の記憶する限り、此度の正義審問、斯くも辛い任務はないだろう……)


斯くして、リュミエール聖騎士団遊撃部より一振りの碧き剣が解き放たれた──

04
冷凍マグロ一行は、シェロカルテからとある依頼の連絡を受け、
依頼者が待つという食堂へ来ていた。
しかし、約束の時間はとうに過ぎ、
もう随分と経ってはいるが依頼者の現れる気配はなかった。
冷凍マグロ達が、諦めて帰ろうかと席を立った瞬間、
突如、女性の歓声が上がる。

05
まぁ、あんた! 驚いた、えらくいい男じゃなぁい。
ねぇ、ちょっと隣に座りなさいよ。

あらやだ、本当!
こんなにいい男、あたしゃ生まれて初めて見たよ。

06
あれ? 何でしょう…… ひょっとして依頼者のひとでしょうか?


そんなルリアの声が届いたのか、
女性に言い寄られていた麗人がゆっくりと近づいて来た。
そして、自分の名をコーデリアと名乗ると、恭しく頭を垂れるのだった。

07
騎空士の皆様、遅参にてご無礼。
ご婦人方のお誘いを断っていたら、いつしか時を忘れてしまってね。

うわぁ、キザなにぃちゃんだなぁ。 でも、そんだけカッケェなら仕方ねーか。
ふふ、ありがとう。 でもね、小さな紳士君、こう見えても私は女性なのだよ。
08
って、ええっ!?


そう切り出す彼女の語る依頼内容は、
どうやら人探しであるらしいのだが、どうもおかしい。
その「人」というのが、どうやら普通の人ではないのである。

09
失せ人は旅人に聞くのが早い。
方々の島々を飛び回る騎空士殿ならば、ご存知かと思ったのだが……
えーっと…… どんな人を探してるんですか?
ああ、それが少々厄介な者でね……
貴君等はリュミエール聖騎士団と言うものを聞いたことがあるだろうか。

10
……あれ? そう言えば、そんな人が艇にいたような……
ルリア、ちょっと待てって。 何かこのねぇちゃん、怪しいぞ。
え、怪しい……ですか?
う~ん、よく解んねぇけど、
もう少し聞いてからにした方がいいと思うんだよなぁ……

11
なぁなぁ、コソコソねぇちゃん、
何で、その…… リュミエールのヤツら探してんだ?

……貴君、知っているのか?
いや、その……  
聞いたことねぇけど、なんか気になって、へへへ……

12
…………


コーデリアは心中を探るような深い洞察の眼を向けると、
一気に鋭く切り込んでいく。

13
理由は話せない。
任務の都合上、依頼相手と言えども教える訳にはいかないのだ。
え、任務って……
とにかく、貴君等は私とともに聖騎士団関係者を探してくれればいい。

14
気に入らなければこの依頼は忘れてくれて結構。
他の騎空士に依頼するまでだ。


戸惑うルリア達を余所に、
冷凍マグロは静かに落ち着いた声でコーデリアの申し出を快諾した。

15
おい、冷凍マグロ、何でこんな依頼、受けちまうんだよ。
そうですよ、団の人が危険な目に遭っちゃうかも知れないんですよ。
あれ? 違うぞ…… ルリア、逆だよ。

え? 逆……?
16
だからぁ、依頼を受けちまえば、
かえって疑いの目がオイラ達に向くことがねぇってことだよ。
それに、探すふりして違う方へもってきゃバレる心配もねーしな。
な、そうなんだろ、冷凍マグロ。

17
なるほど、そうだったんですね。 流石、冷凍マグロです!

ん? どうした。 何が流石なのだ。
わわわ、いえ、何でもないです!
18
そうか…… ならば交渉成立だ。 早速仕事にかかってもらおう。

一行は、この通りでそれらしき者を見たという噂を耳にして、
その者達に聞き込みをしていた。

19
あら、素敵なお方! あなたですね、人を探してるって。
まぁまぁ、うふふ、素敵ねぇ…… いいわ、早く聞いてちょうだい。
私、何でも話しちゃうから♪

ああ、助かるよ。 麗しのご婦人方……

──と、甘い声で語りかけ、笑顔で近づいた瞬間だった。
突如、婦人のひとりが鋭いナイフを突き立てる。

20
──ッ!?


コーデリアは寸前のところで何とかそれをかわし、
素早く婦人の腕をとって組み伏せた。

21
はわわわわーっ…… どうなってるんですか!?

ふふ、任務の遂行上、噂好きのご婦人方との交流は必要不可欠でね。
その際、私の端麗な容姿は何かと都合が良く、
悪くないと思っていたのだが……

22
稀にあるのだよ。 こうした、騙し合いがね。
ねえ、そうなのだろう? 帝国諜報部の方々よ。


婦人達は狼狽した様子で互いの顔を見合わせるが、何かを覚悟して示し合せる。
一転、婦人の顔が冷たいものに変わり、正体がバレたことで開き直ったと見え、
不敵な笑みで短刀を抜いた。

23
くっ……おのれぇっ! リュミエールの雌狐、コーデリア・ガーネットめ!
ふふふ、覚悟しろ…… 帝国に仇為す工作員は我々が一匹残らず駆逐する!

牙を剥いた婦人達が一斉に襲いかかってくる。
コーデリアは、冷凍マグロ達の前に立ち塞がるように構え、
凜として優しく囁くのだった。

24
貴君等、依頼はここまでだ。 後は私に任せ、貴君等は逃げ給え。

しかし、冷凍マグロ達に逃げるつもりは端からない。
武器を構え、迫りくる危機に備える。

25
貴君等は…… ふふ、まったく呆れた方々だ。

多勢に無勢、死を覚悟するほどの戦闘であったが、
冷凍マグロ達の助力により無事に切り抜けることができた。
コーデリアは一行に感謝を述べると、
少しぎこちない笑顔を向けて自らの素性を話し始めるのであった。

26
巻き込んでしまった以上、話さざるを得ないか……
私はリュミエール聖騎士団遊撃隊、最後の切り札コーデリア・ガーネット。
遊撃隊とは、戦時の際には哨戒、攪乱、陽動等を専らとし、
主要部隊のサポートに回る特殊戦術部隊のことだ。
普段は諜報活動や内偵捜査に就き、
籠絡や暗殺など工作員の如き秘密任務に従事することが多い。

27
中でも私は、団内の仲間から裏切り者や不正行為を暴き告発する
「正義審問」で絶大な信頼を得てきた。
身内を疑う任務の為、団内でも私を嫌う者は多くてね。
自然と、信じることを忘れてしまっていたのだが……

28
ねぇねぇ、コーデリアさん。 正義審問って、どんなものなんですか?
ふふ、説明するより、やって見せた方が早そうだね。

コーデリアは微笑して、戯れに冷凍マグロに向けてそれをやってみせる。

29
聖王猊下の偉大なる御名の下、リュミエール聖騎士団が正義審問に則り
いざ、神妙に貴君に問わん。
貴君にとりて、正義とは何ぞや。
この碧き剣に誓い、返答なされよ!

>正義とは……ええっと……
30
ふふ、皆の前で言うのは恥ずかしいか。
貴君の仲間を想っての行為すべて、それこそが正義だと言いたいのだろう?


この時、コーデリアは何かに気づき、ついに確信へと至る。
そして豪快に笑うのだった。

31
あはははは…… そうか、やはりそういうことか。
貴君、本当は知っているね? 私の探している者達の行方を……
ええーっ!?
いや、いいのだ。 無理に聞くつもりはない。
その黙秘こそ、貴君の正義なのだから。

32
ふふ、だがこんな危険な騎空団、
監視を続けぬ訳にはいかなくなってしまったな……

え、まさか…… コーデリアさんも、一緒に……?
おいおい、コソコソねぇちゃん、
大体そんなこと大っぴらにして監視なんて務まんのかよぅ……

ああ、問題ない。 ハンデみたいなものだ。

斯くして、禁秘の騎士コーデリアが一行の旅に加わるようになったのだが、
以来、艇内は妙な緊張感に悩まされる。

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