01
人気のない静かな浜辺で独り、うつむいて座っている少女がいた。
少女の名はカイラナ──
背丈ほどもあるサーフボードを恋人に波乗りに青春を捧げるサーファーだった。

02
はぁ……
私、どうしよう…… もう、何で……こんなこと……
ううう……
03
どうした娘っ子、何を泣いておる?
今、そういう気分じゃないの。 独りにしといて……
ほう、さては迷子だな?
それは災難だったの、どうれ、海の家で甘い物でも食わせてやろう。

04
だからナンパなら間に合ってるよ!
ぬぅ、軟派とは失敬な!?
ワシは……ワシは……

05
硬派一筋でああああるッ!
きゃぁぁぁぁっ!?
06
うぅぅ……ごめんなさい……
お願いですから、海の妖怪さん、どうか私を食べないでください。
なっ、誰が海の妖怪だ!
07
ワシは古今独歩の大拳豪ガンダゴウザでああああるッ!
え……? 出会ったら船を沈めちゃう悪い妖怪さんじゃないの?
たわけっ、船など沈めぬわっ!
08
そっか、ごめんなさい……
黒くて、テカテカしてるから 私、てっきり……
まったく何だと言うのだ。
この島で会う者皆、ワシを見ると必ずそれを口にしおる!

09
むぅぅ、全く以て迷惑千万。
今度ワシが出会ったら成敗してくれるわ、ガハハハ……

ふふ、良かった…… お爺さん、面白い人で。
んで、何故、泣いておった。
ワシでよければ話してみよ。 少しは気が晴れると言うものぞ。

10
……うん、ありがとう。

カイラナは少し照れ臭そうに笑って、静かに事情を語り始める。
彼女は大きな大会でグランドフォールに乗り損ねてしまい、
以来、恐怖心から波に乗れなくなってしまったと言う。


11
ぐ、ぐらん……ぐらん、ほぅる?
違うよ、グランドフォールだよ!
ぐぬうううぅ…… 若い娘っ子の言うことはようわからん。
12
えーっと、サーフィン、わかる?
このサーフボードでね、風を捕まえて、大きな波に乗るの。
そういうことであったか!
あは♪ そうだよ! わかってくれた?
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何かと思えば、そんなこと。 大した問題ではないわ!
え、ガンダさん? 克服の方法、知ってるの?
ガハハハ、造作もない!
(へえ、流石、大拳豪さんだなぁ。
毎日の修行で精神鍛えてるからこういうのはお手のものなんだね)
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よしよし、ワシに任せておれ、
今、とびきり上等な浮き袋をもって来てやるからのう。

え……浮き袋?
15
あははは、違うってば!
ガンダさん、私、泳げないわけじゃ──
案ずるな、鋼鉄の大船に乗った気でワシに任せておくがよい!
ガハハハハ……

16
ダメ! それ沈んじゃうやつ!
って、あーあ、いっちゃった……

カイラナはガンダゴウザが消えた海の方を遠く見やりながら
くすりと、笑う。


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ふふっ、せっかちで騒がしいまるで台風みたいな人。
でも不思議、心が晴れた気がする。
うーん、怖い人だと思ってたけど、案外良い人なのかもね……

18
おおおおーーーーい……
あは、帰ってきた!

遠くの方からガンダゴウザがやってくる。
その片手には大きなものを抱えていた。


19
カイラナ、待たせたのーーーう!
あ、おかえり~!
って何よそれ、ふふっ また大きな浮き袋もってきたね。
20
そう言えば、小さな頃、
友達が上に乗っかれるくらい大きなイルカの浮き袋持ってたっけ……
てへへ、すごく羨ましかったんだよね。
まさかこんな形で再会できるなんてガンダさんに感謝だね!

──と、笑顔で駆け寄っていく、そのカイラナの顔がひきつった。

21
……え、なんで? 
違うよ? 浮き袋じゃなくない?
ほらほらぁ、本物のアルバコアだよ!
22
ビチビチビチッ!!
こ、これ! 暴れるでない!
食うたりなどせぬと申しておろうが!

23
この女子に、ちいとばかし、
お主の泳法をだなぁ、伝授してやって欲しいだけだ!

こら、ガンダさん無理だよ! それ絶対に無理なやつ!
ぬぅぅぅぅ、無理とは何ぞや?
え……

24
何を隠そう、幼少のワシもまた泳法が不得手であってのう、
よく兄弟子にからかわれたものぞ。
それがしこたま悔しうて、近くの海で見学をしておったのだ。

25
するとどうであろう!
うら若きご婦人方が来るではないか!
ご婦人方は皆、大きな魚に抱きつき、
大きな魚にまたがり、実に愉快に泳いでおるではないか!
ガハハハ、それで即時開眼よ。

なるほど、泳ぎのことは魚に聞けば良いのだとな!

26
これぞ魚直伝、古今無双流泳法術
 大魚懐抱力泳でああああるッ!?

ビチビチ!!
いや、うおって言われても……
27
待って、ちょっと待って!
ガンダさん、なんで? なんで私をアルバコアに抱きつかせてんの?
心配御無用、ワシはこれで古式泳法を体得できたのだ。
ガハハハ……

だから、それはガンダさんだから──

ガンダゴウザは容赦しない。
カイラナをアルバコアに抱かせると無慈悲に海へと着き落とした。


28
きゃぁぁぁぁ……

しかし、程なくしてカイラナは気づく。
思っていた以上にアルバコアが暴れず、きちんと制御されていることに──


29
(どうして? この子、暴れない? ……どうなってるの?)

30
意外にも、ガンダゴウザの捕えてきたアルバコアは、
大拳豪との敗戦から自然界での己の格付けを悟らされていた。
そのため、妙に人間に懐き、決して襲いかかることなどなかった。
そんなアルバコアとともに泳いでいると
カイラナも不思議と心が癒やされていくことに気がつく。


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(いや、それどころか……まるで、私を導いてくれてるような……
 って、私、海を恐れてない……?)
(そう言えば聞いたことがある……
 イルカと一緒に泳ぐと、トラウマや恐怖心がなくなって元気になるって)
(はっ、まさか…… ガンダさん、それ知ってて……)

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ガハハハハ……
良かったのう、娘っ子! 泳げるようになったではないか!


以来、その浜辺には人によく懐くアルバコアが出ると噂になった。
とりわけ、泳げない子供達に大人気で、
一緒に泳ぐと海を怖がらなくなり泳げるようになると大層評判となった。


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